に鈴をつける







書棚の向こうから、カラカラと、鈴の音がする。


人が歩む動きにあわせて、カラカラ、カラカラ。

振り向くと、書庫の中を、さ迷っている一人の男。
その黒服の袂で、大きくひしゃげた鈴が揺れていた。






「オイ、それ煩いぞ。」

「ああ、えろうすんませんな。」

注意されると、彼は、頭をかきながら、そう言って、笑った。

「やちるちゃんに付けられてしもうた。」

肩越しに様子を伺っていた、こちらの視線に気付くと、困ったように肩をすくませて見せる。

「図書館まで、つけてくることないんじゃない?」

「取ったらアカンって約束してしもうたんよ。」

「それ、剣八が付けてるのと、同じヤツ?」

「せや。三日守り通せたら、ボクの勝ち。」

「それで、こんなトコに逃げてきたワケね。」

「アハハ、ここ、二日は、昼寝もできひんかったからなあ。
ま、今日で終いやし、大人しゅうしとるから、堪忍な。」

隣の席に座り込むなり、腕を枕にして寝入ろうとするギンに、嘆息をこぼしたものの、小声とは言え、これ以上、ものを言えば周囲の迷惑になる。
寝ているぶんには静かだろうと、乱菊は再び、手元の資料へ目線を落とした。


もうすぐ、昇進の査定があるというのに、呑気なものだ。

直前に焦ったからといって、評価が、そう変化するものではないにしろ、日ごろは怠惰な査定部門も、この時期だけは、同僚の尻を叩くべく、重い腰を上げて仕事に励んでいるように見える。
すくなくとも、近日のマイナス評価は、古いものより、目立ち易い。そんな思惑から、隊全体が、多少、緊張の面持ちをもって職務に向かうこの時期にして、この態度では、余裕というより、まるで諦めているかのようだ。

ただ、一度、垣間見た彼の査定表に並ぶ、優の数に、思わず目を見張ったのも事実で、真面目さだけが、評価されるわけではないのだ、と、最近つくづく思う。

『好き勝手できるかどうかは、実力次第。リスクヘッジができるなら、どのような手段もかまわない。』

そんな、柔軟、というか、アバウトな組織に、この男の気質は合っているのだろう。
学生時代に、のらくらと、上位クラスの中では、可もなく、不可もなく、といった成績を取っていた彼の姿は、今もそう変わっていない。

ただ、確実に変わったことといえば、五本に二本は取れていた勝負が、一本そこそこに減ったのと、市丸の腕に巻かれるようになった、すずらんの副官章くらいなものか。

死神統学院の入試、中途の階梯、十三隊への入隊を左右する卒試と、
ひたすら、猛勉強に励む周囲を横目に、後方集団で風をよけ、ダラダラと沈んでいた彼が、
ここにきて、同期の中でも、頭ひとつ分、飛びぬけて前を走っている。

次席と、三席の差。

それは、実質的な力量の違いだけでなく、瀞霊廷最高中枢への切符を手に入れられるか、否かの分かれ目でもあった。
依然として、階級意識の強い尸魂界において、己の霊力だけをテコに、たたき上げで這い上がってきた平民達の野心と、実力主義の風潮の下、確実にパイを減らされつつある、貴族の利権が、その、ポスト争いに絡まぬわけはなく、実力はあれど、むらっけの出やすい市丸が、貴族の中で穏健派と名高い、藍染惣右介の副官と、指名された際には、さまざまな憶測と、羨望のまなざしが、飛び交うこととなったのだった。

自ら毒杯をあおることで、左右の対立の虚をつき、一瞬で場を鎮めてみせる。
いかにも、芯の強いあの人らしい結論だ、と、乱菊は、藍染の穏やかな面差しを思い浮かべて、くすり、と笑う。

彼は、獅子身中の虫をも、懐柔してみせるつもりなのだろうか?

だとすれば、やはり、あの白皙の青年は、その見た目と裏腹に、リスクを正面から背負おうとする豪胆な一面をもっている、という事だろう。

「どっちにしろ、、長生きできそうにないタイプよねえ、、二人とも。」

「今、何か言うた?」

ぼんやりと呟いた言葉を、てっきり眠っていると思っていたギンに聞きとがめられる。
乱菊は動揺をさとられないよう、資料から顔をあげることなく、ぶっきらぼうに答えた。

「何でも、ないわ。」

「へェー?」

まるで、こちらの思惑を、全て読んでいるかのような顔をして、笑う。
油断のならない相手と知りながら、つい気を抜いてしまったのは、横で猫のように日向のぬくもりを楽しんでいる彼の寝顔が、子供のころと変わっていないように見えたからだろうか。
よりにもよって、こんな、きな臭い話題にかかわりたくはない。そう、冷静に判断する自分がいる一方で、この男が水面下に、一体何を見ているのかを確かめてみたい、という思考も、すくなからず在る。
隠れている扉にこそ、重要な情報は眠っているものだ。

「ネエ、時間があるなら、練習につきあってくれない?」
「乱ちゃんと乱取りなんて、ひさびさやな〜」
「バカな冗談はよしなさいよ」

頭が良いくせに、時折しょうもないことを言い出すのも、彼の癖だったが、
呆れ顔で切り返す乱菊に、ギンは、「ええよ」と、どこか楽しそうな顔で、うなずいたのだった。


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